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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)52号 判決

大阪市中央区南本町一丁目6番7号

原告

帝人株式会社

代表者代表取締役

安居祥策

訴訟代理人弁護士

大場正成

尾崎英男

嶋末和秀

同弁理士

前田純博

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

今村玲英子

荻島俊治

井上雅夫

廣田米男

主文

特許庁が平成9年異議第70717号事件について平成9年12月12日にした取消決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  原告が求めた裁判

主文同旨の判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「透明導電性積層体」とする特許第2525475号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。

訴外日東電工株式会社は、平成9年2月21日に本件発明の特許について特許異議の申し立てをし、特許庁は、これを平成9年異議第70717号事件として審理した結果、平成9年12月12日に「特許第2525475号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」旨の取消決定(以下「本件取消決定」という。)をし、原告は、平成10年1月26にその送達を受けた。

2  本件取消決定の理由

別紙本件取消決定の理由の写しのとおりである。

3  本件取消決定の取消事由

(1)  本件発明の特許請求の範囲は、別紙本件取消決定の理由3の項の請求項1及び2のとおりであった。

(2)  原告は、本訴の係属中である平成10年6月24日に明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)をすることについて審判を請求し、特許庁は、これを同年審判第39044号事件として審理した結果、同年8月13日に「特許第2525475号発明の明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」旨の審決(以下「本件訂正審決」という。)をし、原告は、同年9月18日にその送達を受けた。

本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的として、請求項1において、「該結晶質のインジウム酸化物の結晶粒径が0.3μm以下であ」の後に、「り、かつ該結晶粒径が0.06μm以上の分布の広がりを有してい」を挿入する、というものである。

(3)  したがっで、本件発明の技術内容は、本件訂正後の特許請求の範囲に基づいて認定されるべきであるのに、本件取消決定は本件訂正前のそれに基づいて認定したものであるから、取り消されるべきである。

第3  被告の答弁

原告の主張1及び2は認める。

理由

1  原告の主張1及び2は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の本件取消決定の取消事由について判断するに、別紙本件取消決定の理由の写し、甲第6号証(審判請求書)及び甲第7号証(本件訂正審決書)によれば、原告の主張3(1)(2)の経緯で本件発明の特許請求の範囲が本件訂正のとおり訂正されたことが認められる。

上記事実によれば、本件取消決定は、本件発明の技術内容を本件訂正後の特許請求の範囲に基づいて認定すべきであるのに、本件訂正前のそれに基づいて認定したうえ、本件発明の新規性を否定したものであるから、上記認定判断は違法であるところ、この違法は本件取消決定の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

3  よって、本件取消決定の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年12月30日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

理由

1.手続の経緯

本件特許第2525475号発明は、平成1年1月25日の出願であって、平成8年5月31日にその特許の設定登録がなされたものである。

これに対し、日東電工株式会社より、本件請求項1、2に係る発明は、甲第1号証(J.Vac.Sci.Technol.A5(4),Jul/Aug 1987,p.1952-1955)及び甲第2号証(実験報告書)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、特許を取り消すべきであるとする特許異議の申立てがなされた。

そして、その後、当審において、本件請求項1、2に係る発明は、刊行物1(上記甲第1号証に同じ)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するから、特許を取り消すべきとする取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成9年7月15日に訂正請求がなされた。

さらに、その後、当審において、訂正後の本件請求項1、2に係る発明も、上記刊行物1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するから、訂正後の本件請求項1、2に係る発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとする訂正拒絶理由通知がなされ、その指定期間内である平成9年11月10日に意見書が提出されたものである。

2.訂正の適否についての検討

(1)訂正請求における訂正の内容

平成9年7月15日付け訂正請求における訂正の内容は、特許請求の範囲の減縮を目的として、〈1〉請求項1

「有機高分子成型物上に主として結晶質のインジウム酸化物からなる透明導電層を形成してなる導電性積層体において、該透明導電層が、先ず、有機高分子成型物上に、主としてインジウム酸化物を含む波長550nmの吸光係数が1×10-3~2×10-3[A-1]、比抵抗が2×10-2Ωcm以下の層を形成し、次いで該層を酸素雰囲気下の加熱処理により主として結晶質のインジウム酸化物からなる層に転化せしめたものであり、かつ該結晶質のインジウム酸化物の結晶粒径が0.3μm以下であることを特徴とする透明導電性積層体。」を、

「有機高分子成型物上に主として結晶質のインジウム酸化物からなる透明導電層を形成してなる導電性積層体において、該透明導電層が、先ず、有機高分子成型物上に、主としてインジウム酸化物を含む波長550nmの吸光係数が1×10-3~2×10-3[A-1]、比抵抗が2×10-2Ωcm以下の層を形成し、次いで該層を酸素雰囲気下の加熱処理により主として結晶質のインジウム酸化物からなる層に転化せしめたものであり、かつ該結晶質インジウム酸化物の結晶粒径が0.02~0.3μmの範囲内において分布していることを特徴とする透明導電性積層体。」と訂正するとともに、

〈2〉明細書の発明の詳細な説明の記載を、明瞭でない記載の釈明を目的として、請求項1の訂正に整合させるよう、訂正明細書のとおり訂正するというものである。

(2)独立特許要件についての判断

訂正後の本件請求項1に係る発明は、上記

(1)の〈1〉に記載したとおりに訂正された「透明導電性積層体」である。

これに対し、上記刊行物1には、以下の事項が記載されている。

a)「錫をドープした酸化インジウム(ITO)フィルムは透明導電材料として最も有用である。」(第1952頁左欄2-3行)

b)「・・・・ITOフィルムはロールからロールへ移動する75μm厚のポリエチレシテレフタレート(PET)フィルム上に酸素流量を変化させて連続的に蒸着された。・・・・蒸着速度の基準となる巻きスピードを変化させることによって、フィルムの厚みを20nmと一定にまで制御された。蒸着後の熱処理は170℃の大気中で行われた。」(第1952頁左欄下から17-6行)

c)「蒸着のみのフィルムと熱処理したフィルムについて、図1は酸素流量の増加に伴う抵抗率の変化を示し、図2は蒸着されたフィルムの550nmにおける透過率の変化を示す。蒸着のみのフィルムは以下の4つのグループに分けられる。それは図1に示したように、金属色(領域Ⅰ)、茶色(領域Ⅱ)、薄い茶色(領域Ⅲ)、透明(領域Ⅳ)である。」(第1952頁右欄2-7行)

d)「透過型電子顕微鏡と電子線回析により、酸素流量がそれぞれ28.8、32.5、34.5、35.3sccmで蒸着されたフィルムの研究を行った。これら4枚のフィルムは、それぞれの領域においての代表的なものであった。蒸着のみのフィルムは全て非晶質である。32.5と35.3sccmにおいて蒸着し熱処理したフィルム[図5(b)と図5(d)]もまた非晶質であるが、28.8と34.5sccmにおいて蒸着し熱処理したフィルム[図5(a)と図5(c)]は多結晶質である。熱処理したフィルムの結晶粒子径が領域Ⅰにおいては約20nmであるが、領域Ⅲでは約0.3~0.5μmである。」(第1953頁右欄3行~第1954頁左欄5行)

以上a)~d)から、上記刊行物1には、

「ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上に、錫をドープした酸化インジウム(ITO)を酸素流量28.8sccmで蒸着して領域Ⅰを代表する厚さ20nmのフィルムとし、次いで170℃の大気中で熱処理して結晶質とした、結晶粒径20nmである透明導電性積層体」

が記載されていると認めることができる。

そこで、さらに、上記刊行物1記載の透明導電性積層体における加熱処理前の比抵抗および吸光係数について検討する。

上記刊行物1の図1によれば、熱処理時間0時間のサンプルは、酸素流量28.8sccmで抵抗2×10-2Ωcm以下であることが読みとれる。

また、刊行物1の図2によれば、熱処理時間0時間のサンプルは、酸素流量28.8sccmで550nm波長)透過率が約40%であることが読みとれるところ、異議申立人が甲第2号証として提出した実験報告書には、ITO膜が厚さ200A即ち20nmのとき透過率37.7%が吸光係数1.375×10-2[A]に対応することが記載されている。

そうすると、上記刊行物1記載の透明導電性積層体の比抵抗、吸光係数は、請求項1に係る発明における「波長550nmの吸光係数1×10-3~2×10-3[A-1]、比抵抗2×10-2Ωcm以下」に包含されるものであるということができるが、このことについては、平成9年7月15日付け意見書において「ポリエチレンテレフタレートの有機高分子成型物上に、種々の酸素流量(例えば28.8sccm)におけるアルゴン/酸素混合ガス中で合金ターゲットを用いて、マグネトロンスパッタリング法によって主としてインジウム酸化物を含む層が形成されており、かかる層における比抵抗については引用例に記載されている(Fig.1よりおよそ10-2Ωcm)。また、かかる層における波長550nmの吸光係数についても、異議申立人提出の実験証明書から判断して引用例に実質的に記載されていると認められる。(Fig.2より透過率およそ40%)」(意見書第4頁4~11行)と述べているように、特許権者自身も認めているところである。

次に、刊行物1記載の透明導電性積層体の結晶粒径についても検討する。

特許権者は平成9年11月10日付け意見書で「本件発明における結晶粒径の分布の幅は、100分の1μmの最小表示単位までカウントされる分布幅を有するものであって、100分の1μm未満で限りなく狭い分布幅で分布しているものは明らかに除外されているのである。」(意見書第3頁下から2行~第4頁2行)としているが、「結晶粒径分布におけるピークの位置の状態は、審判官殿がご指摘のとおり問わないものであって」(意見書第3頁6~8)とも述べているとおり、訂正後の請求項1に係る発明における「結晶粒径が0.02~0.3μmの範囲内において分布している」という要件は、結晶粒径が0.02~0.3μmの範囲内に分布している限り、ピーク位置や分布の広がり弘問題にしていないものであるから、上記数値範囲の下限値である0.02μm近傍に集中的に分布する場合は、刊行物1でいう約20nmと相違するものではない。

そうすると、訂正後の請求項1に係る発朋における「結晶粒径が0.02~0.3μmの範囲内において、分布している」は、上記刊行物1における「結晶粒径約20nm」を含むするものである。

以上検討したことに加え、上記刊行物1における「ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム」「錫をドープした酸化インジウム」、「大気中」が、それぞれ、請求項1における「有機高分子成型物」、「主としてインジウム酸化物を含む」、「酸素雰囲気下」に該当することは明らかであるから、刊行物1には、「有機高分子成型物上に主として結晶質のインジウム酸化物からなる透明導電層を形成してなる導電性積層体において、該透明導電層が、先ず、有機高分子成型物上に、主としてインジウム酸化物を含む層を形成し、次いで該層を酸素雰囲気下の加熱処理により主として結晶質のインジウム酸化物からなる層に転化せしめたものである透明導電性積層体」であって、波長550nmの吸光係数、比抵抗、結晶粒径が上記刊行物1のもを包含するものが記載されていることになる。

してみると、訂正後の請求項1に係る発明と刊行物1記載の発明との間には相違するところが認められないから、訂正後の請求項1に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当するものであって、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(3)むすび

以上のとおりであるから、上記訂正請求は、特許法第120条の4第3項で準用する第126条第4項の規定に適合するものではないから、上記訂正は認めない。

3.取消理由についての検討

本件の発明は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1、2に記載されたとおりの次の事項によって特定されるものである。

請求項1:「有機高分子成型物上に主として結晶質のインジウム酸化物からなる透明導電層を形成してなる導電性積層体において、該透明導電層が、先ず、有機高分子成型物上に、主としてインジウム酸化物を含む波長550nmの吸光係数が1×10-3~2×10-3[A-1]、比抵抗が2×10-2Ωcm以下の層を形成し、次いで該層を酸素雰囲気下の加熱処理により主として結晶質のインジウム酸化物からなる層に転化せしめたものであり、かつ結晶質のインジウム酸化物の結晶粒径が0.3μm以下であることを特徴とする透明導電性積層体。」

請求項2:「加熱処理温度が100~250℃である請求項1記載の透明導電性積層体。」

請求項1に係る発明における「結晶粒径0.3μm以下」が、上記刊行物1における「結晶粒径約20nm」を包含する関係にあることは明らかであり、その余の点については、上記2.ですでに検討したとおりであるから、請求項1に係る発明と刊行物1に記載された発明との間には相違するところが認められない。

本件請求項2に係る発明は、請求項1にさらに、加熱処理温度が100~250℃であるという構成要件を付加するものであるが、かかる構成についても上記刊行物1に記載されているので、請求項2に係る発明と刊行物1に記載された発明との間にも相違するところが認められない。

したがって、請求項1、2に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当するものである。

4.むすび

以上のとおりであるから、本件請求項1、2に係る特許は、特許法第113条第1項第2号に該当するので、取り消すべきものである。

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